濱田屋ジャパン株式会社

濱田屋の歴史

漆文化のはじまり

近年の考古学的調査によって、漆器の歴史は約6800年前にさかのぼることが明らかとなっています。
現在、最古の漆塗り製品とされるのは「竪櫛(能登半島・田鶴浜町三引遺跡)」です。
縄文時代の櫛はシャーマン(呪術者)の頭部を飾る呪具として利用され、多くは赤色漆塗りとなっています。

輪島塗の歴史

輪島には、近隣にアテ・ケヤキ・漆・輪島地の粉など漆器の材料となる良材が豊富にあったことや、気候風土が漆器の生産に適していたこと、早くから日本海航路の重要な寄港地として材料や製品の運搬に便利であったことにより、輪島塗が発展したのではないかと言われます。また輪島塗は100を超える丁寧な手仕事の積み重ねで作られています。高品質の漆器を納めるために昔と変わらぬ工法で、各工程にたずさわる職人が試行錯誤を繰り返して確立されてきた方法だからこそ、100以上の工程でさえも洗練されたものと言えます。

天正年間

濱田屋の始まりは、安土桃山時代までさかのぼります。能登国・輪島において回船問屋を始め、安土桃山時代を通じて『八幡船』として初代・濱田弥兵衛が現在の東南アジアで活躍しました。その後、鎖国令により北前船の回船問屋を営んで業務を拡大し、輪島塗の漆器を物々交換の対象として全国に販売網を広げ濱田屋として隆盛を極めました。

住吉大社の石燈篭(永代常夜燈)

住吉大社(海の航行を守る神様)にある、1721年(享保6年)に建立されたとされる石燈篭を奉納させていただきました。
「濱田屋七良兵衛」の名が刻まれています。

漆器販売会社設立・
全国の展示会へ

後に輪島塗・創作漆器の販売会社として設立した濱田屋は、全国の薬品商社と提携して各地で輪島塗漆器大展示会などを開催し、多くの方々特にお医者様方(医療従事者)へ輪島塗の魅力を広げていきます。

※「創作漆器」とは、弊社では山中塗・越前塗の総称としています。

昭和38年 時代の要請に応じて関西に進出し、豊中市において輪島塗漆器販売会社を設立した。
昭和41年
12月
株式会社に組織変更して濱田屋漆器店を設立した。
昭和45年
4月
日本漆器界を代表して、万国博覧会タイムカプセルに収納、その大任を果たした。
昭和48年6月 沖縄の本土復帰一周年を記念し、日本の伝統工芸を代表して那覇商工会議所において輪島塗漆器の大展示会を開催し、好評を博した。
昭和52年
7月
石川県輪島市に地上7階建ての濱田屋ビルを完成させ、漆器の製造工場を充実させた。
1階-事務所・応接室・荷受場・倉庫
2階-商品展示場・茶室
3階-工場
4~7階-ユーザーの方々に宿泊していただくために、輪島塗の粋をこらした宿泊施設
昭和53年
9月
全国60余社の薬商社と提携し、商工組合中央金庫加入団体として『JMA(日本医療連合)メディカル・パック』を発足させた。
昭和55年
9月
業務拡張の為に大阪府豊中市新千里東町の阪急千里中央ビル9階に移転する。
昭和61年
11月
大阪市北区堂島のボルカートビル1階に150坪の常設展示場・堂島店を開設する。

輪島塗漆芸屏風
『大和仙境の図』

平成7年の関西国際空港開港にあたり、国際線乗継ロビー正面に輪島塗漆芸屏風『大和仙境の図』(二双四曲の大作)を寄贈させて頂きました。数多くの外国人VIPや観光客に絶賛を受け、日本の新しい玄関口で文化親善の役割を果たしたとして関西国際空港株式会社より感謝状が贈られました。

関西国際空港 開港記念品
『飛翔』

また同時期、関西国際空港株式会社様からの特命注文により開港記念品 漆芸額『飛翔』3000余枚を納入しました。この作品は芸術院賞受賞を受賞された日本の漆芸蒔絵界の第一人者 井波唯志先生のデザインによるものでした。皇太子殿下御夫妻や全閣僚をはじめ、世界各国の大使、公使、領事、政財界のトップクラスに贈られ、大好評を博します。

住吉大社への奉納・記念品

平成21年・23年には住吉大社への、日展審査員・評議員作家 小西啓介先生作 漆芸パネル『松鯉の図』の奉納や、第49回 住吉大社 式年遷宮・御鎮座1800年記念大祭の記念品の納品を行いました。

漆芸パネル『松鯉の図』

住吉大社第49回式年遷宮・
御鎮座1800年記念大祭 記念品